再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~





・・・




泣きたくなるようなことは、何もされなかった。
苦痛なんて一つもなくて、怖いと思うこともなかった。


「おかえり。帰ってきてくれて、すごい嬉しい」


今肩に触れて、包んで、そっと唇を落としたみたいに。

律は優しい。
昔だって苦痛を与えられたわけじゃない。
ただ、私を堕落させようと、訳分からなくなりそうな恐怖に首を振っても、それを彼は「嫌嫌」なんて可愛い表現にしてしまうだけ。


「後ろから抱っこ、好きだもんね。俺も。腹が気になるとかぶーぶー言うくせに、最終的にいいこで抱っこされてくれんの、好きだよ。……ってほら、もう。相変わらず手、早いんだから」


お腹に回された腕を叩くと、笑って少し、腕の位置を上げて。
胸下まで辿り着いてしまいそうで、思わず身を捩った。


「ほらね。いいよ、甘えて。お前、意地っ張りだからさ。甘えたくなるのも、どうしても甘えちゃうのも、相手限られるでしょ。お前にとって、そんな存在になれたんだって思うと、幸せだから」


甘えたんじゃなく、抗議する為に振り向いたのに。
ものすごく嬉しそうに笑って頭を撫でられると、何も言えなくなる。


「眠い? 疲れちゃったか。あ、コンタクト外した方がいいよ」


律の指が好きだ。
私、こうされるのすごく好きだった。
とろんと微睡みそうになって、そう認めてしまう。


「うん」

「ちょっと待って。んな、ふらふらされたら心配。はい、これ着て。すっぽんぽんで顔洗ったら冷たいでしょ……ってこら。また殴るの」


急いでたのを証明するみたいに、ベッドや床に散らばった私の服じゃなく、綺麗に畳まれてた律のスウェットを被せられ、洗面台まで付き添ってもらう。
確かに、緊張の糸が切れて一気に眠くなった。
大人しく洗面台まで歩くと、そこには彼には必要のないコンタクトの洗浄液やケース、昔私が使ってたスキンケアまで並んでる。


「期限切れてたりしないから、安心して」


何回も買ってくれたのかな。
三年間、封を切る前に捨てては準備して。
でも、とてもお礼は言えなくて、無言で洗浄液のボトルを掴み、キャップを外そうとしたけど。


(……かた……)


開かない。
指じゃどうしても開かなくて、蓋の間に爪を引っ掛けようとするけど、爪が折れちゃいそう。


(うー、もう少しぽいのに……)


眠気もあってイラッとしながら必死に試行錯誤してると、斜め上からぷっと吹き出された。


「あのさ。俺、待ってんだけど」

「あ、ごめん。先に使っていいよ」


こういうのって、温めたらいいんだっけ。
いや、瓶の蓋ならまだしも、プラスチックはまずいよね。
やっぱり、力ずくで――……。


「ばーか。じゃなくて。いつになったら、可愛く“律、開けて”って言ってくれんのよ。ずっと待ってるんだけど? 」

「……っ、ば、馬鹿はそっちでしょ……」


そんなこと言われたら、もう絶対頼めない。
そう思ってじっと見てるくらいなら、やってくれたらいいのに――……。


「ん、お願い、か。はい、どうぞ」


可愛くない一言を、気持ちどおり解釈してくれる。
律の手だと簡単に開いてしまうキャップを恨めしそうに睨む私に、また吹き出した。


「こんなことで張り合うなって。可愛いな、もう……。やっぱ、すっぽんぽんのままにしとけばよかっ……って、うそ。嘘だってば。……風邪引くから、早くおいで。な? 」


コンタクトを外して、クレンジングに手を伸ばしたところで、自分のスウェットの下は何も身につけてない私をきゅっと抱いて――あっさりと解放した。

化粧を落とそうとしたのを見て、気を遣ってくれたんだろうか。

律は優しい。
そんなの知ってる。

この先、私はどうなってしまうんだろう。

ふと浮かんだ疑問の答えも、絶対。





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