再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
理想の彼氏
「城田さん。……き、昨日のって、その」
おどおどと、でも、しっかりと尋ねられた。
「……彼氏、なんですよね? 」
曖昧にしておきたい。
はっきり言葉にするのが怖い――……。
そんな狡くて酷い本心を、他の誰か――律じゃない男の人に言われて、もう目を逸らすことはら許されない――そう確信した。
・・・
昔やっていた業務とはいえ、ブランクもあれば変わってることもある。
おまけにというか一番の問題として、いつまで経ってもまだ頭がぼんやりしてることだ。
仕事のことはなかなか入ってきてくれないのに、
『律……』
そんな、自分の媚びるような声や、
『ん……寂しかったの? 大丈夫。俺も一緒』
嬉しそうにあやす、律の声と。
他の誰でも感じられない、あのゾクゾとした感覚。
フラッシュバックが凄まじくて、目眩がしそう。
昼休みの今だってそうだ。
お菓子の入ったボックスを覗き込んで、チョコレートに手を伸ばしかけただけで。
『恥ずかしいって。だーめ。隠さないの。太ったって? そんなのたぶん嘘だし、どうでもいいし、綺麗だから俺が見たい。ってことで、却下ね』
そう、手首を捕まえられたのを思い出す。
「何か悩むほどのやつ、あります? 」
「わっ……」
赤くなってないかな。
チョコを選ぶのに真っ赤になってるなんて、不自然すぎる。
「吉井くん。お疲れ」
「お疲れさまです。で、何をそんなに考え込んでたんですか? 」
落ち着け。
心の中を読めるわけないじゃない。
私が変な反応しなければいいだけ。
「チョコ食べたいなー、でも太るかなー? 」
「それ、本気であんなに悩んでたんですか? ちょっと食べたくらいで太らないですよ。でも、罪悪感あるなら……」
「え……」
しまった。
取り繕う為だけの、ただの思いつきだったのに。
吉井くんは、軽快に小銭を投げ入れてしまった。
「はい。せっかく奢ったんだから、ちゃんと食べてください」
「えっ、いいよ。あの」
「お金返すとか言わないでくださいよー。そんな100円かそこらでそんなこと言われたら、傷つくんで」
掌にそっと落ちてきたのは、確かに馴染みのあるチョコレートだ。
おかしな嘘のせいで奢らせてしまって、ものすごく申し訳ない。
「……ありがと」
「いいえ。……って、ほんと、チョコでそんな顔しないでくれます? あ、じゃあ、よかったら休憩付き合ってもらえませんか。ね」
お昼付き合うなんて、そんなのお礼にもならない。
断る理由が思いつかなかったわけじゃない――無視、したの。
「まだ気にしてるんですか? なら、こうしません? チョコ分、質問していいですか。城田さんに聞きたいことあって……正直、チョコなんかじゃ全然交換条件にもならないけど、俺は遠慮しません。どう? 」
「……いいけど……答えられるかは、聞いてみないと分かんないよ? 」
知らないふり。
気づいてないふり。
「いいですよ。それも、一つの答えなのかなって思うので。じゃ、いきますね」
私、いつまで逃げるんだろう。
いつまで、逃げられるんだろう。
吉井くんが気を遣ってくれたのに、チョコよりもずっと重い罪悪感が襲ってくる。だって。
「……昨日のあれ。彼氏、なんですよね……? 」
――このチョコ、私、すごく好きなやつだ。
そう認めた時の罪悪感、すごい。