カフェとライター



目の前からきたスーツの人を避けようとしていて、後ろの人の気配には気付かなかった。

避けようと斜め後ろに数歩下がったところ、真後ろにいたらしい人にぶつかってしまった。



先に声を出したのはぶつかってしまった人。

咄嗟に謝り振り返って−−−

謝ろうと、その姿を見て、時が、止まったように、口が動かせなくなった。


耳に、入った声の主を思い出す前に目に入った相手。聞きたくて、聞きたくなかった。




会いたいと思いながらも、


できるなら2度と会いたくなかった。

会いたいと思っても、一生、もう会えないと思っていた。



ぱちぱちと、瞬きをして

ハッと〝今〟に引き戻される。


自分では長く感じたけれど、きっと固まっていたのは、ほんの一瞬。


「すみません、」









気付かないふりをしてもう一度会釈をして、そのまま立ち去ろうと足に力を入れる。

「−−−うい、」


耳に入ってくる、私を呼ぶ声。

びくっと体が跳ねた。

掴まれた腕。動きだそうとしていた体は、そのまま広間から遠ざかるように反対に引っ張られ、数歩よろける。

力、強い。持ち直して、彼を見れば。

距離ーーー、ちかっ、


見上げた先には彼が私を見下ろしていて。

お互いの視界が、お互いでいっぱいになる。

こんなに間近で。

今や、視界に入れたくなくても日常生活いろんなところで溢れてる。カフェにくるお客さんの話題にもよくなっていて、耳にしていた。



固まる私の腕を掴んだまま、彼が少し表情を和らげ口を開く


「お久しぶりです、その節はお世話になりました」

少し大きな声で伝えられたその言葉。彼に声をかけようとしていたメディアの方…?近づいてきていたスーツの男性は、私との会話が始まったのを見て、彼に声をかけるのを諦め次のターゲットへと変えたのか広間の方に入って行った。








広間の外なこともあり、中に比べて人はいるもののまばらだ。まだ、彼に気づいていないらしい。



会場に入ってしまえば、それはもう惹きつけてやまなくなるのだろう。


「お、久し、ぶりです…」

頭、何も考えられない。彼は、わざと言ったのか、本当に言ったのか。




言葉の理由なんて考える暇もなく、わからないまま、言葉を返す。

腕は、まだ離して貰えない。

「戒李、」


「ごめん、少し話したら追いつく」

隣にいた男の人に声をかけられ、言葉を返す。


「人目だけ、気をつけろよ」

「ん」



それだけ言って、男の人は私に会釈し通り過ぎていく。

後に残るのは、

スーツ姿で腕を掴まれ茫然と突っ立っている私と−−−

「こっち、」

チラッと辺りを見渡した目の前の彼は、

次の瞬間にはそう言って歩き出す。


入るはずだった広間の入り口か少し離れた、人気のない所。でも完全に人通りが途切れているわけではなく、たまに通る人がいる所まで引っ張られるがまま連れていかれる。


小股で腕を掴まれているためバランスがうまく取れず、よろけながらもその背中についていく(かざるをえない)。





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