カフェとライター
「あの…手、」
を。
「久しぶり。…高校以来?だっけ。何でここに?」
離してもらおう、と思ったのに。
くるり、場所を決めた彼が振り向き口を開いたので続きは途切れた。
腕は、まだ離してもらえない。
彼を見つめて、ゆっくりと口を開く。
えっと…、なんで、ここに、と言われると…、
「仕事で…誘って貰って…、」
「仕事?今何してんの」
すぐに返ってくるレスポンスと質問。それに、なんて言おうかと言葉の引き出しを急いで引っ張り出す。
「少し、雑誌に記事を載せて貰ってて…」
「…編集者?」
「いや、えっと、そうじゃなくて、記事だけ…」
「ライターとか?」
…うーん、と。
「そんな感じ…かな」
ライター、コラムニストなんて、そんな大層な肩書きを自分につけていいのかわからなくて。
名乗っていいのかわからなくて。
目の前のたくさんの肩書きを持ってる、
世間に認められている人の前で。
困りながらも曖昧に答えれば、ふぅん、と返される。
「雑誌、どこ?」
「へ?」
「どこの会社?なんて雑誌?」
「あ、えっと−−−、bright、新星社の」
「新星社…bright…、」
知ってるのだろうか?
私を見つめたまま考えだした彼。
心当たりがあるのだろうか。元々はもっと大きな出版社の敏腕編集長として働いていた社長が、独立して立ち上げたまだ小さめな会社だ。
元々の会社とも円満独立でありそこのバックアップや、専属モデルたちがどんどん成長したことで少しずつ大きくなっていると笹村さんから聞いていた。
そう思って彼を見ると、彼はもう心当たりを探すのを辞めたのか私を見下ろしている。
「名刺は?」
「あ、えっと、」
名刺、
「ん」
催促され、困りながらもその圧でポケットに入れていた名刺入れを取り出す。
名刺なんて大層なものあまり使う機会はないけれど、
この仕事をするにあたり必要な時もあるからと笹村さんが簡単に作ってくれたもの。
圧に焦りながら、ケースを開いて1枚、取り出し渡せば、すっと受け取りそれを眺められる。
すーっと文字に目を通して、
「フリーでやってるってこと?」
「一応…、、そう、です」
ふーん、、と
まだ眺めているその顔を見つめる。
と、すぐに。名刺から私へと移した視線とかち合う。ふ、と冷たさを帯びた、その視線に固まってしまう。
動けなくなる。蛇に睨まれた蛙のようだ。
「次に会ったらどうしてやろうかと思ってた」
冷たい視線のまま、目の前の綺麗な顔の口は笑う。
その表情は、静かな怒りで。動かない、逸らせない。
「……会いたかったよ、うい」
それは、歓迎の意ではないことは分かった。
本当に会いたくて言われたわけじゃないと理解できているのに、
そう言われて、泣きそうになった。
グッと口を結ぶ。
力が抜けないように。感情に負けて、涙が浮かんでしまわないように。伏せた視線。……私も、だ。会いたかったけど、会いたくなかった。
冷たい声で私に告げた彼は、本当にテレビに映るあの笑顔を見せるアイドルかと思ってしまうほどで。
そんな顔、初めて見た。
「これからよろしくね」