カフェとライター
楽しそうにそう言った彼に、私は何も言えなかった。
どうやって帰ってきたのか覚えてない。どうやってあの場から彼と別れたのかも覚えてない。
でも、あの後1人で会場に戻った時には、主役かのように大勢のメディアに囲まれている彼だった。
さっきまで私に向けていた顔なんかじゃない、
笑顔で声をかけてきた人に応える姿。
さっき、私と本当に喋っていた人だろうかと認められないくらいに。私に向けられた表情と全く違くて。やっと、その姿を見れるのに。
見たいのに、でも見たくなくて。華やかな彼から目を逸らし帰ってきたのだけは覚えている。
≪会いたかったよ、うい≫
それだけが、頭の中ずっと反芻していた。
「ーーーちょっと、今日中にこれる?」
昨日はどうだったー?楽しめたー?とのんびり小百合さんに聞かれて答えながら、カフェの仕事をこなして、お昼休憩に入っていた時。
編集長直々のご連絡。
何かありましたか、と聞いてもきた時に話すからと言われて不安が募る。
昨日のパーティーで何か粗相をしでかしたのだろうか。
圧倒されて大したことできていなかったことを誰からか聞いたのだろうか。
笹村さんの話を途中から聞き流していたのがいけなかったのだろうか…
不安であからさまに顔色が変わった私に気づいた小百合さんに大丈夫よーと言われながら励まされ、
午後の仕事はほとんど精神状態不安定ながらミスだけはしないよう過ごして会社へ向かう。
要件を言わずに呼び出されることで良い話なことはめったにない。
心当たりを探せどあるようでないような…
だけどきっと怒られる。
もしかしてコラムの打ち切り…とか…?
とにかく、怒った編集長と対面しなければならないと思っていたのだけれど。
珍しく私の予想とは反対だった。めったに、の方だった。険しい顔で部屋に入ってきた編集長に怯えていると。
「大型企画!ずっと打診してたけど断れれ続けてやっと!!昨日のパーティーで何があった?落としたぞ工藤戒李を……!」
す、と机の上を滑らせ私の方へ書類を渡される。
怒られると構えていた私はふいうちで。
ポカンとしていたと思う。
へ、と書類よりも編集長の顔に釘付けだった、声が漏れた私に編集長が前のめりで続ける。
「他のとこも口説いてると聞いたけど全然落ちない!それなのにうちだけ独占で1ヶ月間密着、工藤戒李本人が水野さんが担当してくれるならいいって指名してきてる」
「独占…?密着…指名…?」
「我が社はこれで安泰だ。いや、これを機に工藤戒李、グループがさらに提携してくれてプラスで企画が生まれれば読者の確保は確実。…やっぱり私の目に狂いはなかった!!君を見つけてよかったよ!!」
バシバシと肩を叩かれる。痛い。
「すぐにメンバー立ち上げるから!これ、ざっくりとした案件の企画書。見といて。あと2番の会議室。使って。そこの物たち目を通しといて」
1番最初に置かれていた書類を筆頭に、どん、どん!と
まとめられた書類たちが束となって置かれる。