夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 ランスロットは、再びハンコを持つ手を動かし始める。
(シャーリー)
 ポン。
(シャーリー)
 ポン。
(シャーリー)
 ポン――。
 ここにいても思い出すのはシャーリーのこと。彼女と共に過ごしたあの甘い時間。
「くそっ」
 勢いよく立ち上がったランスロットは「休憩だ、休憩」と、言い訳するかのように大きく声を張り上げた。その声は、空気を震わせ、部屋中に響いた。
 魔道具のベルを鳴らせば、地下にある事務室から事務官がやってきてお茶を淹れてくれるだろう。魔道具とは魔力を用いた便利な道具の総称である。
 だが、ランスロットが望む事務官は誰でもいいのではなく、シャーリーなのだ。彼女が来てくれなければ意味がない。
 だからランスロットは、自らお茶の準備を始める。
 騎士団や魔導士団の団長の執務室には、寝台や浴室、お湯を沸かすための魔道具などが備え付けられているのは、ここで寝泊まりができるようになっているためだ。ランスロットの後ろにある扉が、その部屋へと続く扉だ。
 それだけ「仕事をしろ」と言われているような気がして嫌な場所ではあったが、誰にも会わずに休憩ができるというのが利点でもあった。
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