夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

「シャーリー。書類は運んだ。そして、君に確認してもらいたい次の書類をテーブルの上に置いた。次はそれをやってもらえないだろうか」
　隣の部屋からランスロットの声が聞こえてきた。姿は見えるが、距離は充分に離れている。
「わ、わかりました」
　ランスロットがテーブルの上に数枚の書類を置いて立ち去るのを見届けてから、シャーリーはソファ席の方へと向かう。
　そこから必要な書類を手にすると、また資料室にある自席へと戻る。
　だがこのやり取りがどこか懐かしいと感じた。
（あれ？　以前にも同じようなことを……）
　だが、何も思い出すことはできない。ただ、懐かしいだけ。その気持ちがもどかしいとさえ感じてしまう。
　シャーリーが書類を確認していると、お昼を告げる鐘がなった。
「シャーリー。時間だから、休憩してくれ。お昼はどうする予定だ？」
　隣のへ部屋からでもランスロットの声はよく聞こえる。シャーリーは立ち上がり、隣の部屋の扉の前に立つと「アンナと約束してありますので」と答える。
「そうか。もし君が食堂まで行くのが困難であれば、何か食事をここに運ばせようと思ったのだが、いらぬ心配だったな」
　またシャーリーの胸はズキリと重くなった。ランスロットは、そうやってずっとシャーリーのことを気にかけてくれている。そして、シャーリーの男性恐怖症についても、理解を示そうとしている。