夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 最初は、シャーリーから届くのはランスロットにたいする感謝の言葉ばかりであったが、彼が『今日の夕飯は何が食べたいか』と書いてみたところ『かぼちゃのスープが飲みたいです』と返事がきたのがきっかけとなり、家のことの話題など、他愛のないこともやり取りをするようになった。同じ屋根の下にいながら、会話はそっけないが、メモにすれば意思疎通が成り立つ。そんな関係になったのだ。
 それだけでも前進したとランスロットは思っていた。
 だが、職場では同じ部屋にいることすらできない。
 コンコンコンと扉を叩く音がした。すぐにジョシュアは立ち上がる。
「シャーリーが来たみたいだな。じゃ、私は戻るよ。進展があったら私にも教えてくれ」
 彼は楽しそうにひらひらと肩越しに手を振る。
 ガチャリと扉が開き、入ってきたのはやはりシャーリーだった。
「あ、おはようございます。殿下」
 彼女は深々と頭を下げた。
「おはよう。私は戻るから、ランスのことを頼むよ」
「あ、はい」
 シャーリーはすぐさま扉の前から移動して、その場をジョシュアに譲る。彼らの間がきっかりと六歩離れていることに、ランスロットは気がついた。
 ジョシュアは既婚者であるし王太子であるから、シャーリーも気を許すのかと思ったら、そうではなかったのだ。
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