夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
(俺は、シャーリーがいないと、まともにお茶を淹れることもできない……。シャーリー、戻ってきてくれ……)
 屋敷にいても、ここにいても、思い出すのは妻となった彼女のことばかり。
 お茶を飲むことをあきためたランスロットは、もう一度たまった書類とむきあうことにした。
 だが、どうしても捌くことのできない書類の山がある。それは、金勘定関係の書類だった。
 こればかりは自分一人でできるものではない。
 そろそろあきらめ、他の事務官を頼ることにしようと、そう思ったとき、廊下からはバタバタとわざとらしい足音が聞こえてきた。
「おい、ランスロット」
 ノックもせずに不躾に扉を開けることを許されるような人物は、一人しかいない。
「シャーリーが目を覚ましたらしい」
 ガタガタッと、ランスロットは音を立てて椅子から立ち上がった。
「ジョシュア。それは……、どういう意味だ?」
 ランスロットの執務室に現れたのは、オラザバル王国の王太子であるジョシュア・オラザバル。ランスロットは彼の乳兄弟として育ち、幼い頃から気を許し合った仲である。
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