夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「ランス。お前の顔、怖いから。その顔なら、私もお前に近づきたくないから。いつ噛みつくかわからないような顔をしている」
「俺を手負いの熊のように言うな」
「肉が食べられるだけ、熊の方がマシだ」
 ランスロットは、むっと口を結んだ。今はこんなくだらないことを口にしている場合ではない。
「それで、シャーリーが目を覚ましたというのは本当なのか?」
 それがランスロットにとっては重要な話題なのだ。熊肉など、どうでもいい。
「ああ、本当だ。お前のとこの若い奴が、大興奮しながら『旦那様に、会わせてください。お伝えしたいことが……』って。あの使用人、かわいいな。男なのが残念だったが」
 ジョシュアの言葉で誰がやってきたのか、ピンときた。執事のセバスの息子であるガイルだ。十四歳になったばかりの少年。恐らく足の速さと若さで、今回の伝令役を頼まれたのだろう。
 となれば、シャーリーが目を覚ましたというのも、あながち嘘ではないようだ。
「帰ってもいいか?」
 ランスロットはジョシュアを見下ろしながら、恐る恐る尋ねた。大きな体を小さく丸めて、おどおどとしている。
「ああ、帰れ。手負いの熊以下のランスは使い物にはならないからな。事務官たちも怯えて、そっちも仕事にならない。だから、さっさと帰れ」
「ああ、わかった。帰る……。そう、皆には伝えてくれ」
 屋敷の者からは「仕事に行け」と追い出され、仕事場では「帰れ」と言われ。
 燃える赤獅子であるはずのランスロットは、まるで燃え尽きた灰のように呆けた顔をして、屋敷へと戻った。

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