夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 シャーリーが、男性が苦手であるのは事実だ。だから、先ほどセバスが近づいてきたときに逃げようとした。実際は、あれ以上逃げることができなかったが。
「ですが、先ほどセバスが奥様と三歩ほど離れて話をしようとしたところ、奥様は六歩の位置で驚かれました」
 それはセバスが男性だからだ。見知らぬ男性が五歩圏内に入ってこられると、警戒してしまう。
「奥様。思い出せませんか? 私のことも、セバスのことも」
 問われても、残念ながらシャーリーにとっては初対面の二人だ。
「はい……」
 そう答えることすら申し訳なく感じる。
 イルメラはセバスと顔を見合わせた。
「奥様。医師を呼んでまいります。診察を受けてもらえますか?」
「はい」
 医師の診察であれば、断る理由もない。
 現れたのは女医だった。男性が苦手であるシャーリーに配慮したのだろう。
 いくつか問診をされ、胸の音を確認され、手首や首筋も触診された。女医ということもあり、シャーリーも嫌悪感なく診察を受けることができた。
「特に、異常はありませんね。薬の必要もありません。ですが、少しだけ記憶を失っているようです」
 女医は淡々と説明する。
「奥様は、ここ二年間の記憶を失っているようです」
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