夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 二年間の記憶――。
 シャーリーは、女医の質問に「今は、アランデ歴九八七年」と答えた。だが、女医から帰ってきた言葉は「アランデ歴九八九年」であり、それを証明するかのように、今日の新聞を広げた。
 そこにははっきりと「アランデ歴九八九年」と書かれていた。シャーリーを騙すにしても、ここまで手の込んだいたずらをするとも思えない。となれば、やはり今は「アランデ歴九八九年」なのだろう。
「それ以外の記憶ははっきりとしておりますので、日常生活を送る分には、なんら問題はないと思います。普通に生活をしていれば、そのうち記憶を取り戻すでしょう」
 女医はそう言うと、頭を下げて部屋を出ていった。
 寝台の上で、シャーリーは困惑するだけだった。
 イルメラは「落ち着かれるように、お茶でも淹れます」と慣れた手つきでお茶の準備を始めた。セバスは女医を見送るために、部屋を出ていったままだ。
 カチャカチャと、お茶を淹れる音だけが静かに響く。
 部屋が静かだから、気がついた。廊下が慌ただしいことに。ドスドスと激しい足音を立てて、誰かが走っている。その足音が部屋の前で止まったかと思うと、勢いよく扉が開いた。
「シャーリー」
「ハーデン団長」
 どしどしとランスロットは絨毯を踏みしめ、大きな寝台へと近づいてくる。そして、いきなりシャーリーを抱き締めた。
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