夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 彼が手にしているのは小さな透明な瓶だ。その中には、とろりとした赤い液体が入っている。
 何かを言わなければと思い、口を開くが、震えて言葉が出てこない。
「シャーリーさん。逃げないでくださいね。これさえ飲めば、あなたは僕と一緒にいることができるのですから」
 ソファから下りようと、足をもぞもぞと動かそうとしたところ、それはダリルに見つかってしまう。
「逃げないでくださいと、言ったばかりでしょう」
「え?」
 動かそうとしていた足が動かなくなる。まるで、がっしりと何かに掴まれたかのように、手足を動かすことができないのだ。
「拘束の魔法です。こうでもしないと、あなたは僕から逃げてしまう。あなたには、この薬を飲んでもらう必要があるのに」
 身体が動かない。毛布を胸の前でぐっと握りしめた格好のまま、どこも動かすことはできなかった。
 身を引いて逃げたい。だけど、逃げられない。
 そうこうしているうちに、ダリルはシャーリーに近づいてくる。
「いやっ」
 十歩、九歩、八歩、七歩、六歩……。
 シャーリーとダリルの距離は縮まっていく。
< 206 / 216 >

この作品をシェア

pagetop