夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「やだっ」
 首を振って拒絶したいのに、首を振ることもできない。動くのは口だけだ。
 つつっと頬を涙が伝っていく。
「シャーリー。何も怖くありません。嫌なことは全て忘れ、僕を受け入れるようになるのですから」
 とうとうダリルはシャーリーの五歩圏内に入ってきた。
 四歩、三歩、二歩……。腕を伸ばせば、触れることのできる距離に彼はいる。
 どうして男たちは、自分の欲を満たすために女性に触れようとするのか。
 どうして男たちは、シャーリーの気持ちをないがしろにするのか。
 それが、シャーリーが男性に恐怖を覚えたきっかけだ。全て、あの日起こったこと。
「やめてください」
 ダリルは目の前に立ち、赤い唇を不気味に歪ませてシャーリーを見下ろしてくる。
「さあ、これを飲みましょう」
 彼の左手が伸びてきて、シャーリーの顎を捉えた。
「いやっ」
 動かない身体が、震える。ぽたぽたと涙が溢れ、止まらない。
(怖い、怖い、怖い――)
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