夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「いやぁああああ。ランス、ランス。助けてっ」
 ランスロットの名がシャーリーの口から飛び出るたびに、ダリルは顔を歪ませ、動きを止める。
「ランス、ランス……、んっ……」
「うるさい口ですね。この期に及んで、あの男の名を口にするなど」
 口をはくはくと動かすシャーリーだが、声は出ない。
「あなたの声も封じました。あなたの可愛らしい声が聞こえないのは残念ですが、あなたの口からあの男の名が出ることに耐えられない」
 ダリルはシャーリーが着ている事務官の制服の一番上の鈎を外した。
「大丈夫ですよ。すぐによくなりますから。人の気持ちを変える魔法は存在しないのです。だから、薬を用いて神経伝達物質を刺激し、幻覚を見せるのです。そうなれば、あなたは僕を受け入れることができる」
 シャーリーは短く息を吐いていた。胸が苦しい。手足の先が痺れ始めている。
「大丈夫です、シャーリーさん。落ち着いて」
 身体の動きは封じられ、言葉も塞がれ、シャーリーは自由を奪われた。
 ぷつっと二個目の鈎も外される。
 目の前の彼の好きにされてしまうのなら、死んだ方がいい。そんな考えがシャーリーの頭を横切った。
(ランス……。ごめんなさい。あなたに伝えたかった……。あなたを愛していると)
 この状態でシャーリーができることは、舌を噛み切ることだ。
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