夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 お茶の準備をしていたイルメラは、ランスロットの行動に気づくのが遅れたようだ。
「旦那様、奥様は今……」
 そう言いかけたときには、すでに彼はシャーリーを抱き締めていたのだ。
「シャーリー、シャーリー。無事でよかった。君に会いたかった。もう一度、俺を愛していると言ってくれ。君の声が聞きたくて、俺は、俺は……」
「きゃぁああああああ」
 シャーリーのつんざくような悲鳴が響いた。
 イルメラがシャーリーを抱き締めているランスロットを引きはがす。
「何をする、イルメラ」
「旦那様、はなれてください」
「自分の妻を抱き締めて、悪いのか」
「はい、悪いです」
「なぜだ」
「奥様は、記憶を失われておりますので」
「何?」
 シャーリーは身体を強張らせて、震えることしかできなかった。とにかく、怖い。ただそれだけだ。
 すかさずイルメラがランスロットとシャーリーの間に入り込む。
「そういうことです、旦那様。奥様は、ここ二年程の記憶を失われているようです」
「二年、だと?」
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