夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「ですから、奥様は旦那様のことを旦那様であると認識しておりません。あのセバスですら、六歩の距離から近づくことができませんでした」
「な、なんだと? いつもなら、三歩離れた距離ではないか」
「だからです。ですから、旦那様も六歩お下がりください。これ以上、奥様に嫌われたくなければ」
 それでも納得がいかないとでも言うかのように、彼はシャーリーを見つめている。
 シャーリーは顔を上げることすらできない。すぐそこに、男の人がいる。それだけで、震えが止まらないのだ。
「旦那様、六歩下がる」
 イルメラの言葉に、渋々とランスロットが後ずさりした。
「奥様、大丈夫ですか? 大きな男ではありますが、旦那様なのです。奥様は、旦那様と結婚されたのです」
 シャーリーはふるふると頭を横に振る。
(信じられない。私が、男の人と結婚しただなんて……)
「嘘……。嘘よ、嘘……」
 心の中で思っていたことが、つい口から告いで出てしまったようだ。
「嘘ではない」
 六歩離れたランスロットが大声をあげる。その声に驚いたシャーリーは、またビクンと身体を震わせた。
「旦那様は声が大きいですから。ですが、大丈夫ですよ、奥様。私がおりますので。旦那様も、奥様を驚かせるようなことは口にしないでください」
 イルメラはシャーリーに好意的だ。記憶を失い、本当に彼の妻であるかどうかさえ覚えていないにも関わらず、こうやってシャーリーとランスロットの間に入ろうとしてくれる。
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