夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 この執務室に残されたのはランスロット一人。だから、誰にも知られることはないだろう。
 書類の他に渡された一枚の紙。びっちりと数字が並んでいるだけに見えるが、いつもその下の方に幾言かメッセージが書いてあるのだ。
 ――お疲れではありませんか? 疲れているときには甘いものを食べるといいですよ。
 ありきたりな言葉であるが、ランスロットはそのメッセージが楽しみだった。
 そして、今日もそんな風に書いてあった。
(甘いもの、甘いもの……。甘いものが食べたい)
 ベルをチリリンと鳴らして、使用人を呼ぶ。だが、来たのはセバスだった。
「どうされましたか? と一応聞きますが、恐らく甘いものが食べたくなる頃かと思いまして、こちらを準備してまいりました」
 セバスの手にはお菓子の入った籠がある。
「お前は……。俺の心が読めるのか?」
 いいえ、と彼は首を横に振る。
「ですが、奥様のその手紙を読めば、きっとそう思うだろうなと思いまして」
「お前……。俺より先にシャーリーからの手紙を読んだのか?」
「お預かりしたときに、たまたま目に入ったのです。たまたまです。たまたま」
 何度もたまたまと強調されてしまうと、たまたまではなく思えてくるのだが。
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