夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
「まあ、そういうことにしといてやる」
 ランスロットの言葉を聞いたセバスは、ニヤリと笑うと籠を机の上に置いた。
「ちなみに、こちらのお菓子ですが。今、イルメラが奥様の方に出しているものと同じお菓子になります。ささやかですが、奥様と同じものを共用することで、旦那様のやる気が出ることを祈っておりますので」
 セバスは後頭部が見えるくらいまで頭を下げると、部屋を出ていった。
 ランスロットは、また一人、部屋に残された。
 だがセバスが持ってきたお菓子の籠に手を伸ばす。チョコレートでコーティングされたラスクだった。
 こんなことなら、セバスにもう一杯、お茶を頼むべきだったと思いながら、ラスクを口に入れた。
 甘くて、目頭に涙が溜まるような味だった。
(シャーリー……)
 彼女も今、同じお菓子を食べているのだろうか。
 シャーリーは甘いお菓子が大好きだ。二人でお菓子を食べるようになったのは、いつからだったろうか。そう、あのときか――。
 ラスクを噛みしめながら、ランスロットはシャーリーと出会った時のことを思い出す。

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