夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
◇◆◇◆

 苦手な予算案の資料を提出したところ、びっちりと計算式が書いてある数枚の用紙と共に戻ってきた。
(なんだ、これは……)
 机の上に予算案の資料と、びっちりと計算式が書いてある紙を並べる。
 すると、わかったことがある。
 この紙に書いてあるのは、予算案の修正箇所なのだ。なぜ修正しなければならないのか、ということまで細かく書いてある。
(わかりやすい……)
 ランスロットは目からぽろぽろと鱗が落ちたような気分になった。武芸に秀でている彼は、こういった紙に並んだ数字が苦手だ。例えば、あのどのくらいの距離で敵が近づいてくるのかと、そのような計算はすぐにできるのだが。
 そうやって修正箇所の用紙を眺めていると、最後に一言だけ計算式とは異なる文言が書かれていた。
 ――お疲れ様です。
 たった一言。それでも、これらの計算式から導かれるその一言が、なぜかランスロットの心をくすぐった。と、同時にこの一文を書いた者がどんな人物であるか興味を持った。
 筆跡から察するに、女性だろう。少し丸みを帯びた可愛らしい字から想像してみた。
 修正の終わった書類は、いつもであれば事務官を呼びつけて持っていってもらうのだが、どうしてもこの書類を訂正した人物を見たくなってしまった。
 ベルを鳴らして事務官を呼びつけるのではなく、ランスロット自ら事務官たちがいる事務室へと足を向けていた。
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