夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 すぐに扉が開いて、ランスロットの目の前に背の高い女性が現れた。
『ハーデン団長でしたか。どうかされましたか?』
 彼女はアンナ・ウェスト。ここで事務官を六年ほど勤めている。茶色の緩やかに波打つ髪が女性らしさを引き立てているが、茶色の瞳が一筋縄ではいかなそうな力強さを放っている。
 彼女に振られた騎士団員、多数。他にも魔導士、薬師たちも振られている。
『この書類を』
『お呼びいただけましたら、取りに行きましたのに』
『いや。この書類を書いた者に会いにきた』
 ランスロットの手の中にある書類を、アンナはじっと見つめた。
『何か、不備がありましたか? その者には私の方から伝えておきます。責任者として』
『いや、不備はない。むしろ助かった。だから、礼を言いに来た』
『では、私の方から伝えておきます』
 先ほどからアンナはそう口にしてばかり。
『直接礼を言いたいのだが?』
 ランスロットも負けずに応戦してみた。
『責任者は私ですから。私を通してください』
『だったら、名前だけでも教えてもらえないだろうか』
 そう、すらすらと言葉が出てくるのも、ランスロット自身も不思議に思えた。
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