夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 特に、睨みを利かせたわけでもないし、アンナは淡々と接してくれていた。
 だが、顔は怖いと言われているのも事実である。
 ランスロットは頭を抱えて悩み、そして思い出したように机の中から手鏡を取り出す。
(そんなに、俺の顔は怖いのか……)
 じっと手鏡の中の自身の顔を見つめる。
 左手の親指と人差し指で口の端を持ち上げてみる。
(やはり、怖いのか……)
 指で眉間を推してみたり、目尻を下げてみたり。
『一体、何をやっている……』
 そんなことをしていたから、この部屋に誰かが入ってきたことにも気づかなかった。
『なんだ、ジョシュアか……』
『なんだとはなんだ。せっかく遊びに来てやったというのに』
『来なくていい』
『一人で遊んでいたようだな』
 ランスロットを見下ろしたジョシュアは鼻先で笑ってから、机の上の書類の一枚に手を伸ばす。
『なんだ、終わっているのか。つまらん』
『遊びに来たではなく、邪魔をしに来たの間違いだろう?』
 仕方なくランスロットは、机の上のベルを鳴らす。事務官を呼んで、お茶を淹れてもらうつもりだった。
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