夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 その瞬間、先ほど見たシャーリーの姿が脳裏をかすめる。
 だが、彼女は人見知りとのこと。果たして、来てくれるだろうか。
 そんな淡い期待を抱きつつも、来てくれたのはアンナだった。
『もしかして、がっかりされてますか? 私で』
『いや……』
 丁寧な手つきでお茶を淹れるアンナを横目で確認しながら、シャーリーのことを聞こうかどうか悩んでいた。だが、聞いてはならない。何しろ目の前にはジョシュアもいるのだ。シャーリーに興味を持ってしまったことを、彼に知られてはいけないと、本能が囁いていた。
 だから、以前から気にしていた別件を口にする。
『ウェスト事務官。ところで、以前から希望を出していた俺専属の事務官の件はどうなった?』
 アンナの手が止まる。それはまるで「しまった」とでも言っているかのように見えた。だが、彼女もすぐに本心を悟られないようにと、平静を装って答える。
『残念ながら、まだ希望される方が見つからなくて』
 カチャと音を立てて、目の前にカップが置かれた。
『この見た目じゃな。今にも食われそうだし』
 ジョシュアが冗談のような言葉を笑いながら口にするが、冗談にならないところもある。

< 36 / 216 >

この作品をシェア

pagetop