夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
『申し訳ありません。事務官の方も人手不足なところもありまして。専属でつけるとなりますと、他の業務に差支えが出るのです』
 アンナの言葉は責任者らしく、当たり障りのない言葉でもあった。
『では、失礼いたします。何かありましたら、そちらのベルでお呼びください』
 一礼して立ち去る彼女の姿を見送ってから、ランスロットはカップに口をつけた。
 いたって普通の味がするお茶である。
『彼女にお願いすればいいじゃないか』
 ジョシュアが、お菓子をつまんで口の中に放り込んだ。
『彼女はあそこの責任者だからな。俺の専属にすると他に影響が出る』
 というのも、他の騎士やら魔導士やら薬師たちから非難されるのが目に見えているからだ。
『だけどな。お前とまともに話ができる事務官なんて、彼女くらいだぞ?』
『そんなに俺の顔は怖いのか?』
『自覚がないって、恐ろしいわ。私だって、お前のその顔を子どもの頃から見ているから慣れているが。マリアンヌは泣きそうになっていたからな』
 マリアンヌとは隣国のデオール王国から嫁いできた王太子妃である。ジョシュアとは幼い頃から顔を合わせていたためか、二人の仲はすこぶる良い。
 そんな彼女でさえも、ランスロットの顔は泣くほど怖いらしい。ランスロットだって、幼い頃から何度か顔を合わせた仲であるにもかかわらず。
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