夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
◇◇◇◇

 シャーリーは、斜め前に座って食事をする男に視線を向けた。
 彼の名はランスロット・ハーデン。このオラザバル王国の王国騎士団の団長を務める男である。
 なぜそのような人物と一緒に食事をしているのか。
 それは、結婚をしたからだ。
 いや、シャーリー自身はその記憶が全くない。だけど、シャーリーがランスロットと結婚をしたという証明書がある限り、間違いではない。
「どうかしたのか?」
 じっと彼を見つめ過ぎてしまったようだ。だから彼も気づいたのだろう。
「いえ……」
 このような広い食堂で、彼と二人で食事をしているのが変な気分だった。
 だが目の前に彼がいるのではなく、少し離れた斜め前にいてくれるおかげで、なんとかシャーリーも食事をすることができる。
 シャーリーは自他共に認める、男性恐怖症である。男性に触れることができない。以前は、話すこともできなかったが、友人のアンナのおかげもあって、適切な距離を保てば会話は可能となった。その適切な距離が、六歩程離れることである。
 シャーリーの五歩圏内に入り、会話をすることができる男性は、家族であるコルビー家の者たちだけ。つまり、父と弟たち。
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