夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 言いながら彼は、二つ並んでいる机の一つの方の椅子をまたぎ、背もたれを抱きかかえるようにして座った。
「体調はどうだ? 君は、ずっと眠っていたから」
「はい、おかげさまで。特に、何も不調はありません」
 ランスロットとは、ずいぶん距離が離れている。恐らく、十歩は離れている。だから、シャーリーも彼と話をすることができた。
「そうか。それは良かった。何か、不便なことはないか?」
 そう聞かれれば、ここにいることが不便なのだが、それを口にするとランスロットが悲しむだろうと思った。
 そして、そう思ってしまったことに、シャーリー自身驚いた。
(団長が悲しもうが、私には関係ないはずなのに……)
「どうかしたのか?」
「いえ。皆様に良くしていただいているので、不便なことなど何もありません。むしろ、ここにいていいのかと、そう思っているくらいです」
 いくら十歩離れているとはいえ、男性相手によどみなく答えることができたことにも、シャーリーはいささか驚いた。
 普段であれば、これだけ離れていてもおどおどと答える。挙句「もう、いい。何を言っているかわからない」と、相手が怒るまでがセットなのだ。
「そうか、それなら良かった」
 安心したのか、ランスロットは口元を緩めた。
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