夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

　彼女はランスロットから目を逸らそうとしない。
「ああ、頼む」
　ランスロットがやっとの思いでその言葉を吐き出すと、彼女の表情が和らいだ。
　今日の夕食では、初めて彼女とまともな会話をした。彼女が「はい」と「いいえ」と「不満はありません」以外の言葉を口にしたのだ。
　ランスロットの手が、勢いよく動いていた。
　食事を終えたシャーリーはいつもの部屋へと戻る。本来は二人の部屋であるが、シャーリーに拒まれている以上、ランスロットはその部屋に入ることはできない。だから彼は、仕方なく執務室へとこもる。
　夫婦の部屋を追い出されたランスロットは、ここで夜を過ごしていた。
　いつもソファで横になっているのだが、このソファも彼が眠るには窮屈な代物だ。セバスは客室を整えると言ってくれたが、そうなると余計にシャーリーとの距離が離れてしまうような気がしたため、ここで眠ることを決めた。
　ここもシャーリーと過ごした場所だ。婚約が決まり結婚するまでの短い時間であったが、その頃から彼女はこの屋敷で過ごしていた。少しでも、ハーデン家に慣れたいというシャーリーの考えだった。
　男性が苦手にも関わらず、そういった前向きなところがあるのも、彼女の良さなのだ。
　今日もごろりとソファに横になった。長い脚が、ソファのひじ掛けからはみ出ている。それでも横になることができれば、身体の力が抜けていく感じがする。