夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 ランスロットは、シャーリーが男性恐怖症になった理由を知っている。それは彼女から聞いた。
 ランスロットが彼女から六歩離れて気持ちを告白した時、彼女は身体を震わせながら男性恐怖症になってしまった経緯を教えてくれた。
 それはランスロットが想像していた理由よりも、もっと胸がえぐられるような出来事だった。
 だからランスロットは彼女に言ったのだ。
『俺の手は君を傷つけるためにあるんじゃない。君を守るためにあるんだ』
 今思い出すだけでも、なかなか似合わない言葉を口にしている。だけど、シャーリーはその言葉で、おずおずと近づいてきて、ランスロットの手に触れてくれたのだ。
 あの時と同じ言葉をもう一度口にすれば、彼女は心の壁を壊してくれるだろうか。
 だからといって、いきなりそのようなことを口にするのはおかしいだろう。何事もきっかけが必要だ。
 ――コンコンコン。
 そこまで考えた時、扉を叩かれたため、ランスロットは身体を起こしてから返事をした。
 イルメラだった。
「旦那様、奥様からこちらを預かってまいりました」
 イルメラから手渡されたのは、彼がシャーリーに頼んだ領地関係の書類であった。
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