夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
『だが、無理はしないでくれ。君の立場はわかっているつもりだ。もし、その……。外に出るのが怖いのであれば、無理にとは言わない。他の者に頼むから』
『いえ、大丈夫です。友達に付き合ってもらいますから。明日、こちらの菓子店に寄ってから出勤しますので、少し遅れてしまいますが、よろしいですか?』
『ああ。菓子を買いに行くのも仕事だから、問題はない』
 シャーリーは黙って椅子に座った。
 その翌日、シャーリーは約束通り、菓子店で菓子を買ってきてから出勤した。
『団長がどのような物がお好みかわからなかったので』
 そう言ったシャーリーは籠一杯に焼き菓子を買ってきていたのだ。
 領収書をもらったランスロットはその通りの金額を彼女に支払った。
『団長。こちらの経費は、福利厚生費でつけてください』
『いや、俺の個人的な頼みだから。今日の休憩にはこの菓子を出してくれないか?』
 昨日は仕事と口にしたランスロットであるのに、今日は個人的な頼みと言う。矛盾が生じているにも関わらず、彼女は気づかなかったのか黙って頷いた。
 シャーリーが選んだお菓子の中には、チョコレートでコーティングされたラスクもあった。
『君はこれが好きなのか?』
 ランスロットは休憩時間に尋ねた。彼はソファ席で休憩するが、シャーリーは自席で休憩する。同じ席に着くことはない。
『そうですね。美味しそうに見えましたので』
『君も好きな菓子を食べるといい。俺は休憩が終わったから。菓子はテーブルの上に置いておく』
 ランスロットが立ち上がると、彼女は驚いたように目を瞬いた。
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