オフクロサマ
後ろから追いかけてきていた女性が「その人を止めて!」と叫んだのだ。


その目からはボロボロと涙がこぼれている。


え……?


ただの夫婦喧嘩でこの光景は少し異常だ。


そう感じた智香の前を男性が駆け抜けていく。


男性はまた振り向いて「ごめんなさい!」と、叫ぶ。


しかしその視線は女性を見ておらず、もっと別のなにかを見て怯えていた。


ふたりとも、なにかから追われて逃げているみたいだった。


不意に真弓と宏が死んだときの説明が蘇ってきた。


ふたりが死ぬ直前の目撃情報では、なにかから逃げていたと言われていたんじゃなかったか。


思い出した瞬間、智香は走り出していた。


「智香!?」


慌てて智香の後を追いかける裕貴。


「あの人を止めなきゃ!」


しかし相手の足は想像以上に早くてどんどん引き離されていく。


裕貴は奥歯を噛み締めて本気を出した。


長距離を走るのは苦手だけれど、短距離ならなんとかなる。


智香を追い越して一気に男性と距離を詰めた。


右手を伸ばすともう少しで男性に手が届く距離だ。


そこでまた男性が振り向いた。
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