恋人持ちの第五王女は隣国王子との婚約を解消したい
最後に公園の奥にある景色のいい丘を案内されているときに、俺は彼女に王家の指輪を渡した。
彼女の左手にそっと指輪を嵌めると、彼女は俺に、結婚指輪みたいだと言った。
結婚指輪か……良い。うん、良い。
彼女の些細な一言に心を乱しながらも、また話をしたいからだと言い訳をしつつ、受け取ってもらう。
それからの四年間は、本当に楽しかった。
彼女と毎日深夜に、声での逢瀬を繰り返した。
楽しいことも悲しいことも、彼女と一緒に受け止めて、共有する。なんと幸せな時間だろう。
俺は年に一回程度だったファニーチェク王国への視察も、父様にねだって、年に四回に増やしてもらった。
彼女に会うたびに怖いくらい好きになっていって、だんだん、彼女以外とは結婚できないんじゃないかと思うようになってきた。
そう、結婚だ。
俺達は身分を隠して下町で逢瀬を繰り返しているが、おそらく彼女はファニーチェク王国の貴族だ。
受けている教育が高度なものであることは、彼女の知識や振る舞いからなんとなく察せられるので、おそらくは上位貴族。
まだ婚約者はいないと言っていたが、そろそろ何が起こってもおかしくない年齢だ。
俺は第六王子とはいえ、王族だから、好きに相手を選べるものではない。しかし、隣国の上位貴族の娘なら、可能性はないでもない。
そろそろ布石を打つべきだろう。とりあえず、両親や兄様達には、好きな子がいるから絶対に政略結婚はしないと宣言しておく。
俺の家族は俺に甘いから、これで、無理に政略結婚を持ち込んでくる可能性は低くなるだろう。
「もう指輪も渡した」
「王家の指輪を!? まだ婚約もしていないのに、何をやってるんだ……」
エンジェルスガルド王国の王族のうち、男だけが伴侶に渡すために持たされる指輪。渡す男が心から好きな女性か、婚約者、伴侶としか通話することはできない、汎用性の低い代物だ。
家族全員に呆れられたが、渡してしまったものは渡してしまったのだから仕方がない。大体、あの指輪がなかったら、ニアとまともに話すこともできないのだ。仲良くなって婚約を結んでから渡せ、というのは無理な相談だ。
しかし、俺のこの宣言は諸刃の刃だった。家族から、相手は誰だと根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。
俺はこの国の人じゃないとしか言えなかった。そうだ、俺は彼女のことを、何も知らない……。
今更そのことに気がついた俺は、毎晩の声での逢引の最中に、それとなく彼女の身分や本名を探ってみた。
見事に、はぐらかされてしまった。
だんだん耐えられなくなって、俺は君が好きだから君の本名を教えてほしいと伝えたところ、「私の名前を知ったら、きっと離れていってしまう」と泣かれてしまったので、それ以上聞くことができなかった。
でも、このままだと、彼女はきっと他の男と婚約してしまう……。
そう思うと居ても立ってもいられなくて、父に力を借りるべきか悩んでいるところに、急にファニーチェク王国への視察の話が降って沸いた。
彼女に会えると思うと嬉しくて、彼女の本名の話はさておき、視察のリーダーである三番目の兄様に素直についていくことにした。
俺はまさか、向こうに着くなりファニーチェク王国の第五王女との婚約しろと言われるとは、つゆほども思っていなかったのだ。