恋人持ちの第五王女は隣国王子との婚約を解消したい
「ニアは……その……下町でお忍び中に会った……赤い髪の女性で、ファイローニア殿下のような黒髪では」
「お忍び……あの子ったら、毎回皆で止めているというのに、もう。――私の母国は、貴族の女性の顔を露出させることに関して厳しいですからね。もし本当に下町で会ったのであれば、髪の色や目の色くらいは変えていたと思いますわ」
声や、なんなら認識すら……と呟く叔母の声は俺には届かなかった。
言われてみればそうだ。俺だって、ファニーチェク王国の下町に行くとき、髪の色も目の色も、声だって変えていたじゃないか……。
「顔を見て分からないものなのか?」
「あの国の未婚の貴族令嬢は、必ずヴェールを被っているんですよ、兄上」
父の純粋な疑問に、叔父が痛ましいものを見るようにこちらを見てくる。やめろ、もうやめてくれ……。
「まあ、状況は大体分かった。しかし、よくそれだけ何も知らない状態で、王家の指輪を渡したな……」
「兄上、これ以上追撃したら、エディがこっちに戻ってこられませんよ。意識が死のダグラス河の底に沈んでいます」
「しかし、これからどうするかな」
これから。その言葉に反応して、意識が戻ってくる。
「結婚します」
「……お前が、婚約解消の方向で話をつけてきたようだが」
愕然として固まる俺に、父が容赦ない言葉を重ねる。
「これで婚約継続を希望したら、話が違うと怒られてしまうんじゃないのかい?」
「間違いなく嫌われるでしょうね」
「あの子は『ルディ』様のことが大好きのようでしたから、怒るでしょうねぇ……怒ったところも可愛いんですけれど」
三者三様の追い込みに、俺は呆然とする。
「まあ、指輪があってよかったじゃないか。今日も話をするんだろう?」
「そうだそうだ、今日の逢瀬でその辺をすり合わせればいいじゃないか」
「そうですわね、怪我の功名とはこのことですわ」
そうだ、俺には指輪がある!
そう思うと視界が明るくなったような気がした。
俺は忘れていたのだ。
明日は新月で、月の力がうまく貯まらないここ数日は、指輪の力が使えないことを。
そして結局、返事を長く引き伸ばすことができず、ニアと直接言葉を交わすことができないまま、婚約継続の返事だけがファニーチェク王国に届いてしまったのだ。