無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 誘うような言葉はちょっとした冗談だったのだと今さら誤魔化してみたが、彼は納得していないようだ。
 今夜の私は仕事をしているときの普段とはまるで別人だから、怪しまれているのだと思う。

「帰りましょうか。それがいいですよね」

 中途半端に計画を実行しそうになり、途中で心が折れてしまった結果、おかしな女だと印象付けただけで終わった。
 最悪だ。こんなはずではなかったのに。

「家まで送るよ」

「いえ、とんでもない! ひとりで大丈夫です!」

「夜道は危ないだろ」

 駅で別れてそれぞれ帰路に就けば、この面映(おもは)ゆさからも解放されたのだが、そうもいかなくなってしまった。
 志賀さんとは家の方向が同じなのだ。

 ポジティブに考えれば、気まずさはあるものの、もう少しだけ一緒の時間を過ごせるのは幸せかもしれない。
 ふたりきりというシチュエーションもこれで最後だろうから、思い出として大切に胸に刻もう。

 志賀さんは私の家の最寄り駅で電車を降りて、きっちりアパートの前まで送ってくれた。

 どんなに自身の心が弱っていようとも、志賀さんはしっかりと芯の通った人だ。
 そんな人を好きになってよかった。

「無理に付き合わせてしまってすみませんでした。でも、すごく楽しかったです。ありがとうございました」

「俺も気分転換になった」

「あの、志賀さん……」

 背の高い彼の正面に立って視線を上げれば、自然と上目遣いになる。
 漆黒の瞳が力強く私を見下ろしていた。

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