無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 ビルの中に入り、エレベーターを待つ人たちの後ろに並ぶ。
 ここに通勤して早や二年が過ぎ、この春から三年目に入った。

 大学卒業後に大手の会計事務所に就職できたのは、かなり運がよかったのだろう。
 仕事内容はパソコンでの入力作業が主だから派手さはない。
 私は毎日地味な制服を着て、ただ黙々と業務をこなしているだけだけれども、実は誰も知らない密かな楽しみがある。
 それは、好きな人の顔を毎日こっそり眺めること。

「おはようございます」と周囲に笑顔であいさつをして、自分のデスクに就く。
 ふと、頬に自分の髪が当たる感触がして気が付いた。
 いつもは出勤前に自宅で髪をひとつに結んでくるのに、今朝はバタバタしていて忘れてきてしまったことに。

「知鶴ちゃん、たまには結ばなくてもいいんじゃない?」

 髪を適当に手櫛でまとめ、デスクの引き出しに入れていたヘアゴムで結んでいると、先輩の中西 佐夜子(なかにし さよこ)さんから声をかけられた。
 ここの女性スタッフの平均年齢はわりと高めで、私が一番年下になる。
 みんな私を妹のようにかわいがってくれるやさしいお姉さんばかりだ。
 特に佐夜子さんはデスクが隣なので、私は新人のころから彼女に仕事を教わり、今でもあれこれ気遣ってもらっている。

「下ろしてるヘアスタイルもかわいいよ」

 私の髪はなんの変哲もないストレートのセミロングで、長年そのスタイルを変えていない。
 清潔感は心がけているけれど、かわいさやオシャレさとは無縁だ。

「かわいくはないですって。私だって鏡は毎日見ますから」

「鏡?! 今日も安定の“天然”ね!」

 私の返事の仕方がおかしかったのか、佐夜子さんはアハハと声に出して笑った。
 どうやら私は天然と称される性格みたいで、自分では冗談を言ったつもりがなくても笑いが起こるケースが昔から多々ある。

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