無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「サーファーだって言ってたよね? チャラいけどモテそうだわ」

 佐夜子さんの心からのつぶやきに、ウンウンと深くうなずいておいた。
 聖くん自身は「まだアマチュアのサーファーだよ」と言っていたが、女の子にモテることは否定しない。本人も自覚があるのだろう。

「たしかに彼目当てで来店する女の子がいっぱいいるそうです」

「知鶴ちゃんもその内のひとりだと思ってた」

「だから違いますって!」

 ぐったりと頭をもたげてうなだれれば、フフフと笑う佐夜子さんの美しい顔が見えた。
 このままでは私の思い人が聖くんだと勘違いされたままになってしまう。
 なんとか誤解を解かなければと、上体を起こしたときだった。
 反対方向から志賀さんの姿が視界に入り、ドキッと大きく心臓が跳ね上がる。

「神野さん、このデータ分析表なんだけど、ここの数字がおかしいはずだから確認してほしい」

「……わかりました」

 クリアファイルに入った書類を私に預け、志賀さんはさっさと自分のデスクに戻っていく。
 油断禁物だと自分に言い聞かせていたのに、まさか朝から話しかけられるとは思ってもみなくて、私の頭は軽くパニック状態だ。

 今託された仕事だって、誰に頼んでもいいはずで、わざわざ私のところに持ってこなくてもよかったのに。
 どういう了見なのかと志賀さんのほうへチラリと視線を送るが、彼はすでにパソコンに向かって黙々と仕事をしていた。

 私の考えすぎなのだろう。あの日のことは忘れる約束で、彼はそれをきちんと守ってくれている。
 私も今後は同僚としての立場で、変に気を回さずに普通に接するだけでいいのだ。

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