無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 太一は気さくでな性格で、昔から輪の中心にいるようなタイプだが、女の子と中途半端に遊ぶイメージはなかった。
 だからこそなんだか納得がいなかくてモヤモヤする。
 太一と美季ちゃんはただデートをするだけの仲ではなく、体の関係もあるはずだ。
 少なからず好きあっているのだから、きちんと付き合えばいいのに、なぜはっきりとさせないのか私にはわからない。

 そうは言っても、世の中には割り切った付き合い方をする人がいるのも事実だ。
 私からすれば、ずいぶんと軽い関係に思えるけれど、ふたりが互いに遊びでいいと考えているなら、私が文句を言うのはお門違いになる。

 ……というか、一度でいいから志賀さんに抱いてもらおうと突撃しかけた私のほうが、どう考えても普通ではない。

「知鶴は疲れてそうだな。仕事が大変なのか?」

「ああ……まぁそんな感じ」

 仕事は慣れているのもあって大変ではないのだが、志賀さんへの気持ちを消すのが本当にむずかしい。
 こんなに苦労するとは思ってもみなくて、それが私の中で最大の誤算だ。

「だいたいなんで東京で就職したんだ?」

「それは、大手の会計事務所に雇ってもらえたからだよ」

 今の事務所で働いてきたことには、後悔なんてない。
 大好きな志賀さんに出会えて幸せだし、就職してよかったと素直にそう思っている。

「辛いなら、地元に戻ってこいよ。親父さんたちもそう望んでるだろ?」

「でも……向こうだと仕事が見つからないかも」

「それはうちの店で雇ってやるから心配すんな。そのまま俺の嫁になってもいいぞ」

 紙ナプキンで口元を拭きつつ冗談を言う太一に冷めた目線を送る。
 どうして私が太一の嫁に? バカなことを言わないでほしい。
 なぜそのポジションが美季ちゃんではいけないのか、明確に説明してもらいたいくらいだ。

「地元のやつらみんなで待ってる」

 そうだ。地元には子どものころからの幼馴染とか、中学や高校の同級生がいる。
 みんなの顔を思い出すと懐かしさがこみあげてきた。

 太一の指摘でわかったけれど、私が東京に居続けなければいけない理由はないのだ。
 大学がこっちで、たまたますんなり就職が決まったから働いているだけ。

 だけど、退職したら志賀さんの顔は永遠に見られなくなる。
 遠くから様子をうかがうことすらできなくなるのだ。
 あきらめなくてはいけない人なのに、まだそばにいたい気持ちが私の中に残ったままだと気付いてしまった。

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