無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 四方さんとしては、ミーティングと称しながらデートのつもりなのだろう。仕事の話なら先ほど終わっているはずだ。
 徐々に距離を詰めていき、いずれ恋人関係になりたいのだと思う。
 志賀さんもそれに勘付いていそうだけれど、美人な四方さんに言い寄られるのは、まんざらでもないのかもしれない。

「ところで、イメチェンは本当にあの日限定だったんだな」

「……え?」

「魔法が解けたみたいにメイクと髪型が完全に元に戻ってる。イメチェンした感じもよかったのに」

 突如地雷を踏まれ、驚きすぎて目を見開いたまま口をわなわなとさせた。
 あれから一ヶ月経っているとはいえ、あの夜のことを口にするのは約束違反だ。

「あ、あの!……丸ごと全部忘れてくださいとお願いしましたよね!!」

「全部? キスしたことだけじゃなくて?」

 しれっと直接的な言葉を口にしないでもらいたい。恥ずかしくて急激に顔に熱が集まってきた。
 とはいえ、私だけが赤い顔をしていて、志賀さんはなんでもないような涼し気な表情のままだ。

「俺としては忘れたくないこともあるんだよなぁ。飲みながらした話とか。あとは、君からのたどたどしいキス」

「唇にではなく、頬にだったでしょ!」

「そうそう、子どもっぽい感じのやつな。先に謝りますって宣言されたのは生まれて初めてだった」

 クスクスと思い出し笑いをする志賀さんを目にした私は、ただ唖然とするばかりだった。
 彼は忘れるどころか細かいことまで鮮明に覚えている。

「だいたい、なんで忘れなきゃいけないんだよ」

「それは……」

「昨日の男は彼氏? だから俺を慰めようとしたのはなかったことにしたいとか?」

 志賀さんがなにを言っているのかすぐに理解できずに一瞬ポカンとしてしまったけれど、“昨日の男”といえば太一しかいない。レストランでの食事を目撃されたのだろうか。

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