無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「違います! 太一は彼氏ではなくて、ただの幼馴染です」

「楽しそうにしてたから、てっきり彼氏かと思った」

 まったくの誤解だと伝えたくて、首と手を同時にブンブンと大げさに横に振った。 

「地元の話を聞かせてくれたりだとか、あとは……私を心配してくれてただけですよ」

「なんの心配?」

「こっちでの暮らしぶりです。辛いなら山梨に戻ってもいいんじゃないか、みたいな話になって……」

 隣に並ぶ志賀さんの顔をチラリとうかがえば、不思議そうに首をかしげる彼と目が合った。
 言っている意味がわからない、もしくは納得がいかないという表情をしている。

「仕事を辞めて田舎に帰るの?」

「いえ、まだ決定事項ではありません!」

「ていうかさ、辛いことってなに?」

 彼のツッコミが鋭すぎて、私は言葉に詰まるどころか息をするのも忘れてしまった。
 数秒後に体が酸素を求め、口で呼吸を静かに繰り返す。

「それは……その……生きていればいろいろあるじゃないですか」

 もじもじとしながら目線を下げる私を見て、志賀さんは間をおいてから小さくうなずいた。

「神野さんが俺の話を聞いてくれたから、悩みがあるなら今度は俺が聞く側になろうと思っただけ。言いたくないこともあるよな」

「あの、えっと、ごめんなさい」

「いいよ。また話そう」

 エレベーターが一階に着き、扉が静かに左右に開く。
 志賀さんは私よりも先に外に出て、そのまま颯爽と歩いて行ってしまった。

 さすがに本人を目の前にして、「悩みの種は志賀さんです」と口にはできない。
「あなたへの思いを断ち切ろうとしているけれどうまくいかないのです」などと言えば、気味悪がられるに決まっている。

 志賀さんを早くあきらめられたら、こんなに切ない気持ちにならずに済むのに、まだどうしようもなく彼が好きだ。
 それを自覚しながら志賀さんの背中を見送った。

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