無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 彼は喝を入れるように私の背中をポンと押し出し、踵を返して去っていった。
 振り返ると、駅の方角へ歩いていく聖くんが、背中を向けたまま右手を頭の横で振っていた。
 話を聞いてもらえたり、心配してもらえることに幸せを感じる。友達とはありがたい存在だ。

 両手の拳をギュッと握りしめ、意識しながら志賀さんへ視線を送った。
 彼があっという間にこちらに向かって歩いてきて、私の目の前に立つ。

「お疲れ様です。志賀さん、どうしたんですか?」

 志賀さんが私の住むアパートを知っているとはいえ、こんな待ち伏せのような行動を取るのはどう考えてもおかしい。
 私は驚きを隠せず、ポカンとしながらも理由を尋ねた。

「お疲れ様。何度か電話したんだけど?」

 あわてて肩に掛けたバッグからスマホを取り出して確認すると、気付かない間に志賀さんから着信が入っていた。
 画面の真ん中に表示された“着信あり”の文字に心が痛くなる。

「すみません! 音を消したままにしていて着信に気付きませんでした!」

「そっか。もしかしたら家にいるかと思って寄ってみた。待ち伏せするつもりはなかったんだ。驚かせてすまない」

「いえ! 謝らないでください」

 志賀さんの前だから平静を装っているつもりだが、本当は頭の中が混乱している。
 突然来られたのが嫌だとか、そういう気持ちは一切ない。むしろ職場以外で会える喜びのほうが(まさ)っている。
 だけど私と志賀さんは、互いの家にふらりと立ち寄るような親しい間柄ではない。
 だからこそ、彼になにかあったのかと心配する気持ちも湧いてくるのだ。

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