無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
§4.男心
***

 俺の勤務先は開業年数が長くて信頼のおける大手の会計事務所だ。
 歴史の浅いほかのところと比べると実績がある分、多くのクライアントを抱えている。
 職場の雰囲気は決して悪くはないけれど、若いスタッフが少なくてベテランが目立つ。

 近年は新卒採用を見送っていた中、二年半前に事務でポツンと採用されたのが神野さんだった。
 仕事は真面目で優秀だが、たまに変わった言動をする天然な子。
 俺が彼女に抱いた最初の印象がそれだ。

 二十代の女性スタッフは彼女だけという状況に、俺は少しばかり同情し、心配もした。
 いじめなどはないとしても、職場にうまく馴染んでいけるだろうか、と。
 だが、彼女の気さくなところや天然キャラは十歳以上年齢の離れた女性スタッフからもウケがよく、今では妹のようにかわいがられている。
 人たらしなのか、彼女の人徳か。

 半年ほど前の春先、昼休みにコンビニまで出かけた俺は、とある光景を目にした。
 ビルを出て少し歩いた先の交差点で、神野さんが年配のご婦人と話をしている。
 ふたりとも俺とは横断歩道を挟んだ向こう側にいるのだが、白髪で杖を手にしたあの女性と彼女は知り合いなのだろうか。

 女性の話に笑顔で相槌を打ちながら、神野さんは時折他人行儀に会釈をしているので、祖母と孫という関係ではなさそうだ。
 話している内容までは俺にはわからないが、親しそうには見えない。だけど、揉めてはいないようにも思えた。

 信号が青になって向こうへ渡れたら、どうしたのかと声をかけてみようか。
 そう考えていたのに、ふたりは会話を交わしながら信号待ちの人ごみから離れていく。
 連れ立って、というよりも、神野さんが女性を誘導する形だ。

 どこへ行くのか知らないけれど、話し込んでいたら昼休みなんてすぐに終わってしまうのに。
 少し心配にはなったが、俺は腕時計で時間を確認し、コンビニで買い物を済ませてオフィスへと戻った。

 神野さんが戻ってきたのは、あと十分で昼休みが終わるという時間だった。
 走ってきたのか、大きく肩を揺らして息を切らしている。

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