無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「おはようございます」

 パソコンの電源を入れながらも、低くて素敵なその声だけは聞き逃さない。
 声の主は志賀 匠真(しが たくま)さんで、この事務所で働く公認会計士だ。
 私は小さく笑ってあいさつを返すだけで、仕事に取りかかるフリをした。
 本当は彼の声を耳にするだけでドキドキするのだけれど、それを悟られないように上手に気配を消している。

 ここに就職して三ヶ月くらい過ぎたころ、私は志賀さんに惹かれるようになった。
『初めは慣れないだろうけど、ゆっくり覚えていけばいいよ』と、新人のころに温かい言葉をかけてもらったのを今でも鮮明に覚えている。

 それから丸二年が過ぎ、私の片思いは三年目に突入した。

 志賀さんは涼し気な目元に高い鼻梁、キュッと横に引き結んだ唇を持つイケメンだ。
 濃いグレーのスーツにオシャレなネクタイを締め、スラリと佇む姿は今日もキラキラとまぶしい。
 ほかの人とはオーラが違う。少なくとも私の目にはそう映っている。

 志賀さんは私より五歳年上なので、今年で三十歳になる。現在恋人はいないらしい。 
 この機を逃してはいけないのではないか……と、最近私はそればかり考えるようになった。
 彼に恋人ができてしまったあとでは、私の計画は中止せざるをえないから。

 本気で実行に移すのなら、準備期間もふまえて日程を考慮しなくてはならない。
 家に帰って小さな卓上カレンダーを見ながら頭をひねる。

 そうは言っても、たいした準備は要らない。
 実行日を決め、そこから逆算してマツエクと美容院の予約を取り、洋服を買いに行くだけだ。

 佐夜子さんに教えてもらったアイラッシュサロンは美容院の中に併設されていたので、髪もマツエクもそこで予約をした。
 髪は揃える程度に切って、一番高価なトリートメントの施術でツヤツヤにしてもらおうと思っている。

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