無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 交番に連れて行って、あとは警察にすべて任せればいいものを、電話までかけてあげるなんてお人よしだな。
 そう考える俺がひどく冷たい人間のように思えてくるが、彼女がやさしすぎるのだ。

 昼休みがもうすぐ終わろうとする今、急いでコンビニで買ったおにぎりを頬張っている。喉を詰めないか心配になるほどだ。
 けれど神野さんは「あのお婆ちゃん、大丈夫かなぁ……」と、どこまでも他人の心配をしていた。

 たまに意表を突く発言をしたりするけれど、やさしくていい子だ。裏表もないし、信用できる。
 今思えば、神野さんに対して印象が変わったのはこのころからだった。

 派手な化粧をせず、事務所でも大人しくしているため、特徴のない地味な子だと勝手に決め付けていたが、意識してじっくりと見てみればかわいらしい顔をしている。
 すべすべとしていそうな肌も、ぶるんとした艶やかな唇も俺好みだ。
 というか容姿云々よりも、彼女のピュアな心根が俺には響いていた。



 高校時代に同じ剣道部だった友人の田沢(たざわ)から、久しぶりに連絡がきたのは今年の夏だった。
 メッセージの中身を開ける前から、なんだか無性に嫌な予感がしていた。
 そういうときの勘はなぜか当たるもので、顧問だった奥山(おくやま)先生が肺ガンを患って入院しているという知らせだった。

 あの奥山先生が?
 毎朝校門のところで遅刻してくる生徒に説教をするカミナリ親父みたいな人で、身体も屈強に鍛えていたのに。


『志賀! 服装の乱れは心の乱れだ! しゃんとしろ!』

 俺がカッコつけて制服を着崩していたら、廊下ですれ違うときにいつも大声で叱られたのを思い出す。
 そんな奥山先生が大病を患っているだなんて信じられなかった。

 だけど、病院に見舞いに行った俺は、先生の姿を見て言葉を失いそうになった。
 ある程度覚悟して行ったのに、病気はここまで人の姿を変えてしまうのかとショックを受けて帰ってきた。

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