無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「先生、また来ます。退院したらうまいもん食いに行きましょうね」

 帰りがけにそう声をかけるので精一杯だった。
 顔は引きつっていなかっただろうか。声はかろうじて震えなかったはずだ。

「余命宣告されたって言ってたな……」

 病院を出てすぐに、落ち込んだ田沢が悲痛な声を漏らした。

「そんなの……わかんないだろ。五年後も十年後も元気に生きてるかもしれない!」

 それが根拠のない希望なのは、自分でもわかっている。
 だけど先生が病気に負けるなんて思いたくなくて、田沢と自分自身に言い聞かせるようにポジティブな言葉を口にした。

 誰がなんと言おうと、たとえ先生自身があきらめているとしても、俺だけは病気に打ち勝てると信じていよう。そう決めた。

 子どものころから剣道を通じ、身をもって心技体を学んだ。
 肉体は元より精神力も鍛えられているつもりだった。
 だが、先生の病気に関しては思った以上にショックが大きく、翌日になっても尾を引いていた。
 ちっとも仕事に身が入らない。気落ちしているせいで集中力が皆無だ。

 こんな日に限って神野さんが俺を飲みに誘ってきた。
 珍しいな。彼女が自分から誰かを誘う姿は見たことがない。
 だけど残念ながら、俺は陽気に酒を酌み交わすような気になれない。やんわりと断ろう。

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