無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
「あの……なにか悲しいことがあったんですか?」

 唐突に彼女が図星を指すような質問を寄こしたせいで、驚いた俺は一瞬フリーズした。
 なにも言っていないのに、なぜわかったのだろう?
 超能力でも使えるのかとバカなことが頭に浮かんだが、そんなわけはない。

 結局、気を使った神野さんが俺を燻製バルへと連れ出した。
 とにかく俺を元気付けようとして、いつもの何倍も喋っている彼女を見ていると、自然と心が和んでくる。

 奥山先生の話をしてみたところ、彼女がほろほろと泣き出したので、それにはさすがに焦った。
 だけどわかっている。俺の代わりに泣いてくれたのだ。神野さんはやさしい子だから。

 俺を慰めたいと言ってくれた。
 だが、「もし本気で私が誘ったら、志賀さんはどうしますか?」という言葉には、さすがに自分の耳を疑った。
 きちんと意味を理解しての発言なのかわからず、俺は軽くパニック状態だ。

 彼女は勢いでこのままホテルに行こうとしているのだろうか。
 ……俺の勘違いか? どう考えても神野さんらしくない発言だ。
 彼女なら、そういうことは恋人同士がするものです、と逆の意見を力説しそうなのに。

 神野さんが住んでいるアパートの前まで送っていけば、彼女は最後に必死な顔をしていた。「先に謝ります」とはどういう了見だろう?
 次の瞬間、真意がわからずに呆然としている俺の頬に、彼女がいきなり自分の唇を寄せてくる。
 それはキスとも呼べないくらいの拙いもので、慣れていないのだと彼女の目が物語っていた。

 先ほどの誘うような発言と今の行動が俺の中で急にリンクしてくる。
 そうか、神野さんは俺に好意を持っているのか。

 こんな大胆なことをしておいて、気まずそうにモジモジとする彼女を見ていると、なんだか仕返しをしたくなってしまった。

「キスは、こうするもんだろ」

 俺は彼女の後頭部を支えながら、すばやく唇を奪った。
 抵抗しようと思えばできたはずだが、彼女は驚いたのか完全に固まってしまっている。
 俺も調子に乗り、舌を絡ませてみようと試みたが無理だった。
 まぁいい。今夜はこれくらいにしておかないと、彼女は気絶しかねない。
 それにしてもキスだけでこうなるのに、よくホテルに誘おうだなんて考えたものだ。

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