無茶は承知で、今夜あなたに突撃します
 メイクはここ最近、ネット動画を見ながら夜な夜な練習していた。
 もちろん佐夜子さんのアドバイスを存分に取り入れて、上品でふんわりとしたメイクだ。
 満を持して会社にもそのメイクをしてきたけれど、変な仕上がりにはなっていないようでホッと息をつく。

 いつも後ろでひとつに引っ詰めている髪型も、今日は黒のバンスクリップでハーフアップにしてみた。
 正解かどうかはわからないが、自分では今日の私服に合わせてみたつもりだ。

 給湯室でコーヒーを淹れ、気配を消すように自分のデスクに就いたのに、続々と出勤してきた同僚に「今日は雰囲気が違うね」と声をかけられ、その都度恥ずかしくて顔を赤らめてしまう。
 仕方がない。これにはもう耐えるしかない。

 だけど志賀さんは「おはよう」といつも通りのあいさつをするだけで、特に私の変化に触れてこなかった。
 ドキドキしていた反面、ちょっぴり残念でもある。
 もしかしたら気付いていないのかもしれない。
 私のマツエクやメイクや髪型に、誰しも興味があるわけではないのだから。


 仕事終わりの志賀さんを捕まえようと、そわそわしながら定時を待った。
 なにか用事があって真っ先に帰ってしまったり、同僚の男性と居酒屋に連れ立って行ってしまう可能性もある。
 そんな不測の事態が起これば今日の計画は中止だ。

「知鶴ちゃん、まだ終わらないの? 帰るよー」

「私ももうちょっとしたら上がります。お疲れ様でした」

 定時を過ぎて同僚たちが仕事を終える中、私の高まる懸念に反して志賀さんだけがデスクに残ったままだった。
 厄介な案件でもあって残業になっているのだろうかと思ったけれど、彼は集中してなにかをしているわけでもなく、ただボーッとパソコンを見つめている。

「あのぅ……仕事が残っているならなにか手伝いましょうか?」

 ついにオフィス内でふたりきりになり、私は志賀さんの後ろからそっと話しかけてみた。
 すると彼はハタと周りの様子に気付き、苦笑いの笑みをたたえつつ小さく首を横に振る。
 私が声をかけたことで、まるで抜けていた魂が戻ってきたように見えた。

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