愛しているから 好きにしろ
 
 私が黙っていると、スーツのポケットに手を入れられて、名札を取られる。
 「あっ!」
 「……平野奈由さん。どうしてここにいるのかな?昨日も今日も聞いたはずだが。来ないと言ったのは誰だったかな?」

 「ごめんなさい」
 謝るしかない。とにかく下を向いて謝る。
 「取材者名簿にお前の名があるのに、お前がいない。ま、俺も忙しいからお前をプレス会場で探す余裕もなかったが」
 「……」

 「どうして、取材中にナンパされてるんだ、え?奈由」
 「……。どうしてでしょうか……私も不思議です」

 先輩は私を引き寄せると、両手で顔を持ち上げてじいっと見た。
 「コンタクトか。しかもこの髪。お前、そこまでして俺に隠したかったのはなぜだ」
 おじいさまのこと、言うのははばかられた。可哀想だもん。
 
 「先輩。大臣のお嬢さんと結婚するの?」

 先輩は目を大きく開いて、息をのんだ。
 「奈由、お前」
 「……綺麗な人だったね。それに、その人と結婚すると会社のためにもなるし。私なんて、片田舎のただのサラリーマンの娘だし」

 こんなこと言うつもりはなかったのに。
 私どうしたんだろう。

 「……ご、ごめんなさい。何でもない。忘れて。とにかく、今日は黙っていてごめんなさい。帰らないと」
 そう言うと、先輩の手を払って背中を向けた。

 先輩は私をくるりと振り向かせると、かみつくようにキスをした。
 「ん、ん」
 最初から深いキスに、足が震える。
 強く抱きしめられて、先輩の手が私のお尻と頬をつかんで離さない。

 だめだ、頭がぼおっとしてきた。
 「あ、あ」
 一瞬、唇が離れると糸が引いた。
 私が膝をがくがくさせていると抱き上げて、ソファに座り私を膝に横座りさせる。

 頭をなでながら、ウイッグを取ってしまう。
 「え?」
 気づくと、元の髪に戻っている。

 
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