愛しているから 好きにしろ
飯田さんは振り向いて、驚いて私の腕を放した。
「あれ、榊さん。こんなところでどうしたんですか?」
「いや、取材の帰りでね。飯田さんかなと思って声をかけたけど、お取り込み中でした?」
「……いや。こいつは……部下の平野です。ちょっと記事の件で話してて。」
榊さんという人は、背の高いすっとした感じの男性。
カメラと取材バックを肩からかけている。同業なのかな?
「初めまして。SNA出版の平野奈由と申します。」
一応、目を見て挨拶する。
「……この間のフードコートの記事。君だろ。」
飯田さんの顔色が変わる。
「……榊さん。それは、俺の記事ですよ。名前入ってたのに、間違えましたね?」
榊さんは、じろっと飯田さんを見つめると、低い声で言った。
「……飯田君。君とは結構三年以上の付き合いだ。君の特徴は把握してる。もう少し君のテイストを入れておけば気づかれないかも知れないけど、ほとんど彼女の文章だろあれ。僕を見くびるのもいい加減にするんだな。」
そう言うと、フンっと鼻を鳴らして飯田さんを見た。
飯田さんは、青い顔をして震えている。
「今回は編集長に言わないでおいてやろう。ただ、編集長も気づいてるはずだから、君のとこは根深いな。フード関係の記事、編集長のそういう考えも変わらないようなら仕事減るかも知れないぞ。気づいているのは俺だけじゃないはずだ。彼女の文章には人を引きつける何かがある。何回か目にすると他と違うと気づくんだ。君たち、浅はかだな。」