愛しているから 好きにしろ
「……お名前をうかがっていませんでしたね。」
編集長は、眼鏡を持ち上げて先輩を見つめた。
先輩は名刺ケースから一枚取り出すと、私に手渡した。
私は、それを編集長に渡す。
編集長は老眼の眼鏡を上にあげて、裸眼でその名刺を見つめた。
目が大きく開いた。
「ミツハシフードサービス取締役……まさか。三橋って。」
「この名刺はあと二週間くらいで配られる予定のものです。特別に一枚目をあなたにさしあげましょう。私は創業者一族のものです。いずれ、このグループをまとめていくつもりです。というか、かなり前からこの業界の人は私のことを知っているはず。こちらは、フード関係の記事もかなりあるのに、私を知らないとは。私もまだまだですね。頑張りますよ。」
……なんなの先輩。やな感じ。嫌みな言い方して。
「何だ、奈由その目。」先輩が私を見ていった。
「……ひけらかすのは嫌いです。」
また、榊さんがプッと吹き出して笑った。
「達也、本当に彼女の前では形無しだな。で、とにかく編集長。平野さんはね、ここだけの話この三橋取締役の大切な人です。ごねるのはあんまり勧めませんよ。このグループの弁護士団強いですからね。私も救って頂いたことがあるのでよく知っています。」
編集長は名刺を凝視したまま、動きが止まった。
視線を上げて先輩を見つめる。先輩は低い声で話し出した。
「編集長。私はね、奈由がこちらに就職したいと言ったとき、貴方の評判も含めて調べさせて頂いておりました。非常に若い頃から良い記事を書かれるということや、この会社はバックもしっかりしている。どうしてこんなことになってしまっているのか、私としては知りたいとこですが、もういいです。とりあえず、私のモノは回収しますので、退職手配をお願いします。今まで大切に育てて頂きありがとうございました。彼女の文章の上達は編集長のお陰でしょう。感謝しますので。」