囚われのシンデレラーafter storyー
封筒に入れた資料をバッグに、アパルトマンへと向かう。
気付けばため息しか出ない。
大丈夫。本人には会わないし。管理人に預けたら速攻で退散する――。
さっきから、何度もそう自分に言い聞かせている。
あの、西園寺さんが一人で出て来たビストロが見えて来たところで、その通りの前で立ち竦む一人の日本人女性らしき人が目に入った。地図とメモ用紙みたいなものを交互に眺めては頭を傾げている。
観光客かな――。
困っているように見えて、すぐに駆け寄った。こういう時、現場勤務時代に接客業をやっていた経験から、何のためらいもなく声をかけられる。
「どうかされましたか? 道に迷われました?」
とりあえず、日本語で声をかけた。私の声に、地図からパッと顔を上げて私を見る。
「あ……っ、は、はい!」
髪を一つに結んだだけの飾り気のない姿だったけれど、性格の良さそうな可愛らしい人だった。
「ありがとうございます、今、道に迷ってしまって――」
私より背の高いその人が、心からほっとしたような顔を向けた次の瞬間、私の顔をじっと見つめて来た。
ん――?
その表情が少し気になる。
どこかで会ったことがあったかな……。
不思議に思ったけれど、その女性はすぐに私の顔から視線をメモと地図に戻した。
「この辺りのアパルトマンを探しているんですが。同じような建物ばかりでどれがどれだか分からなくなってしまって。来たことがあるのに忘れちゃうなんて、もう自分が嫌になります……」
どこか焦っているような、恥ずかしそうな姿に微笑む。
「住み慣れないと、なかなか難しいですよ。どこまで行きたいんですか? アパルトマンの名前とか住所とか、分かりますか?」
年齢は、自分より年下なのか年上なのか分からないけれど、女の私が見てもなんとなく可愛いなと思わせる仕草に優しくしてあげたくなる。
一緒に地図を覗き込もうとして、彼女が何かを背負っているのに気付いた。
楽器のケース――?
もしかしたら、観光客じゃなくて留学生かな。
パリには有名な音楽院もある。今日からここに住む人なのかもしれない。
「アパルトマンの名前はこれです。ここからすぐのはずなんですけど。方向が分からなくなって――」
「そのアパルトマンなら、ここから近いですよ。私もちょうど同じところに行こうとしていたので一緒に行きましょう」
偶然にも西園寺さんの自宅と同じアパルトマンだった。
「え……っ?」
何故か驚いたような顔をした彼女に、こちらも驚く。
「え?」
「あ、い、いえ。すみません、じゃあ、お願いします……」
どうしたんだろう。
その表情が少し強張ったような気がするけれど、気のせいだろうか――?