囚われのシンデレラーafter storyー
朝は、二人してベッドの中で眠り続け、のこのこと這い出て来たときにはもう昼の12時を過ぎていた。
一度二人で来たことのあるカフェで、ランチを取った。
あずさと食事をするのは、本当に楽しい。
どうしてかというと――。
「美味しいです。このチーズサンド、焼き加減が絶妙。もう一人分食べれそう」
いつだって、最高に美味しそうに食べるのだ。そして、その細い身体のどこにしまい込んでいるのかと思うほどに、よく食べる。
「俺の、やろうか?」
「い、いえ。いいです。さすがに、それは」
そう言って手を激しく横に振った。
「大丈夫です。三時に甘いもの食べますから!」
満面の笑みでそんなこと言う。
本当に、どうしてこんなにも表情豊かなのだろうか。見ているだけで飽きない。いつまででも眺めていられる。
「――そうだ。この前言っていた、オーケストラと共演するっていう話、どうなった?」
電話でちらっと聞いていた話。あずさが本格的にプロとして仕事をする、その中でも大きな仕事だ。
「そう、聞いてください!」
あずさが身を乗り出す。
「東京とモスクワ、パリと3カ所で公演することになったんです。パリです!」
「本当に? 凄いじゃないか」
東京とモスクワは分かる。
国際コンクールで日本人最高位だったわけだから、当然日本のオーケストラに呼ばれても不思議じゃない。モスクワは、コンクールが開催された都市でもあるしあずさはモスクワで学んでいる。
でも、パリでやれるというのは凄いことだ。
「でも、どうしてパリで?」
「東京とパリの公演は同じ指揮者なんです。その指揮者の方が、ずっとパリで活動している人で。東京は客演という立場ですが、パリはその指揮者が常任指揮者を務めているオケとのものなんです。その指揮者の方が、パリでもどうかとおっしゃってくださったみたいなんです」
「指揮者って、松澤という人だったな」
あずさから聞いて、少しネットで調べていた。
松澤哲史――日本人の指揮者では若手ナンバーワンだと言われている。パリの音楽院を出てからパリを拠点に活動しているらしいから、あずさの話も頷ける。
若くして指揮者として世界で活動できる人間なのだから、かなり有能であるのは間違いない。
「来月、松澤さんが日本に来るらしいので、私もまた日本に行って顔合わせをしてきます。事務所の人に聞いたんですけど、松澤さん、指揮者なだけあってかなり癖のある人らしくて。少し緊張します」
内緒話のようにあずさが少し潜めた声でそう言った。
「確かに、指揮者って気難しそうなイメージがある。それにしても、いよいよあずさがコンサートか。夢にみていた舞台だな」
「はい。まだ全然実感わかないんですけど」
そうやってはにかむ姿は、これまでのあずさと変わらないけれど。
あずさが、世界の舞台に立つ。
変わらないままではいられない。
「コンクール直後はこうやって仕事をもらえますけど、その結果次第で次があるかどうかが決まりますから。心して頑張ります」
その眼差しは、もう可愛らしいものじゃない。バイオリニストの顔だ。